僕は、ここで生きていく。



 大地も、空も、コンクリートで、宣伝広告で、埋め尽くされた人工の世界。散乱するゴミ。喧騒。騒音。他人など構いもせず、急ぎ足で行き交う車や人々。人もまばらな早朝の繁華街で、散らかった残飯を啄む、依存症になった哀れなドバトやカラスたち。誰もが虚勢を張るように、肩すれすれをすれ違っている。電車の行き交う満員の駅のホームでは、苛立った駅員が白線の内側を歩けと半ば命令気味にアナウンスしている一方、人々は無関心で、皆うつむき、スマホをいじり、画面を凝視している。日中のほどよく空いている電車の中では、みな静かに、景色を眺め、眠り、あるいはスマホを見つめている。 、、、どこを見渡しても、ほとんどの人が、いつでもどこでも、歩いているときでさえ、スマホに夢中になっている。そのスマホで見るニュースには、実にくだらない、どうでもいい話題ばかりが並んでいる。
 電車の車窓に流れる冬の本州の街や、町や、郊外の景色や植生をぼんやり眺めていると、つくづく身に沁みて感じる。ここは耐えて、忍ぶ、無為な、侘び寂びの国だと。そして、かつては自分も、ここの住人であったのだと。この住人たちと同じように振る舞う、この日常の一員であったのだと───。、、、そう。僕のなかで、今やその日々はもう、すでに、明らかに、「遠く過ぎ去ったもの」となっている。
 喧騒と人々でごった返す、迷路のような街。子どもの頃からいつも、街に入ると目や喉が乾き、方向感覚が無くなってしまう。空を埋め尽くすビル群のせいで、太陽と月がどこにいるのかわからない。雲の流れも見えない。風の向きもぐちゃぐちゃだ。前後左右あらゆる方向から、人々が交差している。その傍らのあちこちの店の前では、なにかの行列ができている。溢れんばかりの人や、車や、モノや、食べ物や、情報や、人工光や、騒音が、絶え間なく押し寄せてくる、灰色の人工空間。この、大地をどこまでもコンクリートで覆い尽くした、真っ平らな、固い地面を歩いていると、脚や身体がすぐに疲れ果ててしまう。そして、心も。


───そうさ。僕もかつて、
この世界で、心を麻痺させながら暮らしていたんだ。
誰にも壊せない、小さな小さな勇気を、少年の頃から、
大切に、密やかに、ずっと心に抱きながら、、、*───


 いつ来ても、都会は嫌なところだ。いつ来ても、嫌な気分になる。狭苦しく、空気が悪く、どこにいても人間だらけがいて、どこにいても食べる物のにおいがし、人々は徒党を組み、所属し、横柄で、我儘で、物欲や欲望に支配され、独善がせめぎあい、いつも急ぎ、苛立ち、争い、疲れ、心が病んでいる。ここは本当にいびつで、おかしなところだ。
 ──────ここにはもう、何もない。ここで学ぶことは、もう何ひとつない。残っているのは、教訓と、ほんの少しづつの喜びが散りばめられた、苦い思い出たちだけ。──────





 僕は、春も、夏も、秋も、冬も、大空の下で、鳥や、虫や、動物や、草花や木々の傍らで、でこぼこの草原を、丘を、川を、山を、農地を、雪原を、むきだしの大地を、土の上を、ゆるやかに歩くほうがずっといい。土を耕し、農作物を育て、牛たちの世話をしたり、空や、山や、川や、星をぼんやり眺めたり、音楽を奏で、聴いたり、哲学に耽ったり、読書をしたり、ものづくりをしたり、壊れたものを直したり───。この広大な北海道の片隅の小さな町で、穏やかで、優しく、美しく、退屈な農村で、 そして、流れていく時代の狭間で───、四季のうつろいを感じながら、いきものたちと、静かに、慎ましく暮らすほうが、ずっといい。


 今、僕は正式に別れを告げる。あの世知辛い世界と、そこでもがき、足掻いていた、青春の日々に。苦悩の過去たちに。そして、頭を擡げた、僕の第2の憧れの地───【もうひとつの、あの地】*───に。二股になった「僕の苗木」の片方の枝が、ぽろりと落ちた。どっちが幹で、どっちが枝だったかなんて、もういいんだ。僕は、この一本になった柱を、これから大切に育てていきたい。




夢を夢のまま終わらせない。
だって、人生は一度きりだもの。
やりたいことを、思いっきりやるのだ。
それが、これからの僕の生き方なのだ。*


「おかえり。よく帰ってきたね。」 
最初に迎えてくれたカササギがそう言ってくれた気がした。
「ただいま。僕は帰ってきたよ。
他の誰でもない、僕自身の選択で。
これが僕の道だ。」*



 そうさ。
 ここでいい。
 ここがいい。
 
 僕はもう、ここを離れない。*
 僕は、ここで生きていく。
 だから、僕はもう、どこへでも行ける。* **







****

この投稿と、このブログを、
我が血族と、兄妹と、そして最憎で、最愛の、
父と母に捧げる。
ごめんね。そして、ありがとう。
心から。


1年後の2019年1月31日、夜、(草稿:28日、帰りの飛行機を待つ空港で)
未だ仮の我が家の、いつもの薄暗い灯りの下のテーブルで。
「Æ Rømeser」を聴きながら。






















テルーの唄 by 手嶌葵




{

Here's to you by Ennio Morricone & Joan Baez


}




A Case Of You by Joni Mitchell*









For Eamonn by NIGHTNOISE*














亡き王女のためのパヴァーヌ by ラヴェル*


















As A Flower Blossoms (I Am Running To You) by Pat Metheny*




Vivaldi : Il Giustino : Vedrò Con Mio Diletto - Larghetto by Richard Galliano
















この道 by 手嶌葵*





Æ Rømeser by Danish String Quartet










僕のスローライフ実現への旅。
プロローグにはじまり、いま、第1章が終わりを迎えた。
これから、第2章がはじまる。