風を読む



僕がお世話になっている親方のところでも、明日明後日には田植えがはじまる。今日はその準備として「ゴミ掻き」の仕事だ。

「ゴミ掻き」というのは、田植え前の工程のひとつで、水を張った田圃に浮いて畦に集まってきた去年の稲の根や茎、籾屑などの残骸、いわゆる「ゴミ」を、レーキで掬い取る作業だ。この仕事をすることで、田植え機による田植えが(ゴミが田植え機に引っかからず)スムーズに進むようなのである。植物の残骸を「ゴミ」と呼ぶことに抵抗感はあるものの、そこは新入りらしく慣習に倣うべき。四の五の言わず、黙々とゴミ掻きの仕事をこなすのだ。


時折、田圃の水面に映る空を鳥たちが横切っていく。
トビは上昇気流の渦の中を旋回し、獲物を探している。
きこえてくるのは、鳥たちとアマガエルの鳴き声、
そして、水を切るレーキと呼吸の音。それだけ。
心地よい時がながれていく。
自然のなかで、ただただ無心に野良仕事をする。
こんなしあわせが、ほかにあるだろうか。


そのとき、いっしょにゴミ掻きをしていた出面のおじさんの声が。
「風下からやったほうがいいべよ!」


その一言で僕には十分だった。
そう、この日は絶えず北西から風が吹いていて、僕は田圃の北側から仕事をしていた。つまり、僕は風上からゴミ掻きをしていたのだ。これでは、集めたゴミもどんどん下手に流れていってしまう。仕事の効率も悪い。ということだ。


風を読む。
なんてすごい智慧だろう。
そんな知恵を持つひとたちと
仕事ができることがうれしい。


宇宙や地球、そこに暮らす生きものたち。自然のあらゆる事象を五感で感じ、考え、学び、生きる、あるいは生き抜く術を身につける。僕が生涯追求し、体得していきたい技だ。北海道の自然や、自然を相手にするひとたち。彼らからたくさん盗ませてもらうつもりだ。